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『さるのこころ』

私はいま兵庫県のとある精神科クリニックでバイトしている。
この地域はとても治安が悪く、患者層も『人格障害』というか『輩』『チンピラ』まがいの人が多い。

私は和歌山の田舎町に生まれ、チンピラとも、都会の上流階級の人々とも無縁だった。
そして実家が金持ちだったので差別や貧困を知る機会も少なかった。
私は理想主義で平和を愛していたので、世の中は不平等で差別があることを知識では知っていたけど、本当は何も見えてなかった。

私の『先入観を持たないこつ』は『無知であること』だったのだ。
結果として、『偏見はないものの、単に能天気な人間』が世に輩出されることに…。
精神科医などしなくても、人と人が関わる上で相手の心、価値観を知るということはとても大切である。
相手を何も知らずに人を受け入れていた私は、
何も知らずに差別する人たちと同じくらい浅はかだったのだ。
私の『自閉』はある意味患者的であるのだと思う。
真に相手を理解し、受け入れるということは、相手と自分の違いを認識することから始まるのだから。

クリニックの院長である友人に『さると暮らす少女』の話をきいた。
少女はさると暮らしているが、けしてさると同じ思考回路をもち、共感してるわけではない、
だけど、自分のこころを知り、さるのこころを知っているからこそ
お互いを大切にし共に暮らしていけるのだと。
そして開業してる自分は、この地域の人々のこころに共感してるわけではないが『知って』いる、
だから付き合っていけるのだと言っていた。
…私は『自閉』を選び、世界を拒絶して、自分の内的世界にいき、結局何も見えてなかったのだなと思った。
精神科医として成長するためにも、人と真に深くかかわり生きていくためにも、私は内的世界の殻からでて、目を開かないといけないのだと思う。

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コメント

階層があるのは歴然とした事実なので仕方のないことでしょう。それを知らずに過ごせるのであればそれに越したことはないのですが、様々な人を相手にする職業に就くとそうはいきません。
どんな具合にその人達と付合っていけばよいのか?いろいろな態度の取り方があると思います。雪さんのお友達のように共感はしないけれども知っているというのが一つです。雪さんはより深く関わろうとしているように思われます。それが必要なことなのかどうかは私にはわかりません。深入りしすぎると客観的な診断が出来るのかどうかが心配に思えます。
私自身もお客さんとの階層の差に愕然とすることが近年多くなってきました。しかしあまり深入りはしないようにしています。指導をしなくてはならない立場ですのでね。

投稿: ひろ | 2007年7月29日 (日) 22時43分

ひろさんの言うとおり、深入りせず距離を取ることは大切で、
それは指導は勿論、治療する立場としても必要です。
私は世界と自分との自我境界が曖昧なので人の心の深遠を覗けば
そこにそのまま引きずり込まれるような気がします。
差別する心しかり。
そんなに心が弱いのになぜこんな仕事をしてるのかと思うかもしれませんが
こんな仕事をしてるからこそ、そんな自分の性質を覚知できたのです。
『さるのこころ』を知らず、お気楽に育った私はある意味、愚かななりに無意識下で世界に適応しようと防衛していたのかもしれません。
あまりに自我がよわく、さるのこころを知ってしまうと、こころもさるになってしまう自分にどこか気付いていたから。

投稿: 雪 | 2007年7月31日 (火) 02時34分

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